東京高等裁判所 平成9年(う)1800号 判決 1998年4月20日
本籍
水戸市下大野町二〇八四番地
住居
同市愛宕町六番一五号
会社役員
白戸與五郎
昭和一八年一月八日生
右の者に対する恐喝、所得税法違反被告事件について、平成九年九月一八日水戸地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立てがあったので、当裁判所は、検察官三浦正晴出席の上審理し、次のとおり判決する。
主文
本件控訴を棄却する。
当審における未決勾留日数中一六〇日を原判決の懲役刑に算入する。
理由
本件控訴の趣意は、主任弁護人古田兼裕、弁護人安井弘、同皆川昭共同作成の控訴趣意書(一)ないし(三)に記載されたとおりであり、これに対する答弁は、検察官三浦正晴作成の答弁書に記載されたとおりであるから、これらを引用する。
一 原判示第一の事実に関する主張について
論旨は、被告人が石崎哲三を恐喝した事実はなく、本件土地の譲渡に関して約束した金員を受取るため正当な権利行使をしたにすぎないのに、恐喝罪の成立を認めた原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認があるというのである。すなわち、被告人は、本件の脅迫行為が行われたと認定されている平成三年二月二二日の時点においては、石崎の経営するジャパン・プランニングハウス株式会社との間の本件土地に関する売買契約を成立させていなかったのに、大谷敬三が被告人に無断でジャパン・プランニングハウスへ本件土地の所有権移転登記をしてしまったため、これに憤慨して石崎に対し若干脅迫めいた言葉を言ったことはあるが、その後石崎と直接交渉して本件土地の売買契約を締結し、その際の合意に基づいて二一七八万円を受領したものであり、被告人の脅迫とされる行為も社会通念上相当とされる程度を逸脱したものではないから、恐喝罪は成立しないというのである。
1 そこで、関係証拠により本件土地の売買契約に至る経緯とその成立時期をみると、以下の事実が認められる。
被告人は、本件土地の所有権をめぐって登記名義人である鹿志村太一と民事訴訟で争っていたが、平成二年五月一五日に成立した訴訟上の和解により、本件土地を被告人が取得するかわりに鹿志村に四五八〇万円を支払うことになり、同年七月二三日に鹿志村の代理人弁護士である野中信敬に右金員を支払ったが、所有権移転登記を求めずにいた。また、被告人は、右和解において、大谷から本件土地上に存在する大谷所有の建物を六〇〇〇万円で買い受けることになったが、大谷に右金員を支払わなかった。
大谷は、平成二年八月ころから本件土地をジャパン・プランニングハウスに売却する交渉を始め、同年一一月九日売買代金を坪当たり二九万円とすることで茨城県知事から国土法による不勧告通知を受け、平成三年一月一〇日石崎との間で、売主を鹿志村、買主をジャパン・プランニングハウス、売買面積約一八五〇坪、坪単価二九万円、最終代金は測量により面積が確定した後に清算するという内容の売買契約書を作成し、石崎から手付金として五〇〇〇万円を受領して被告人に渡した。また、大谷は、これとは別に、石崎との間で、本件土地上の前記建物を取り壊し料込みの代金一億円でジャパン・プランニングハウスに売買する契約を結んだ。その後、同月二九日に被告人、大谷、野中弁護士らの立会いのもとで本件土地の境界確定が行われ、完成した地積測量図により売買面積は一八七八坪であることが確定した。
被告人は、同年二月四日、石崎、大谷、司法書士らとともに関東銀行大洗支店に行ったが、その際被告人の債権者であり本件土地上に所有権移転仮登記を有する新明和建設工業有限会社会長の小澤三郎を同席させ、小澤が石崎から二億九〇〇〇万円を受領するのと引き換えに右仮登記の抹消に必要な書類を司法書士に渡したのを確認した後、本件土地の登記済証を司法書士に渡して退席し、同月一二日までに大谷を通じて前記売買契約書による残代金二億四六二万円を受領した。この点につき、被告人は、原審公判廷において、本件土地の登記済証は本件土地中の一一六九番三の土地の合筆登記のために大谷に渡してあって、平成三年二月四日には銀行に持参していないと供述し、被告人が持参したという大谷及び石崎の原審証言と対立している。しかしながら、関係証拠によると、この登記済証は、平成三年一月の終わりか二月の初めころ、野中弁護士から被告人の代理人である安井弘弁護士を通じて被告人が受領していたものであり、合筆登記をすることは、売買面積の確定に伴い、被告人の所有地として残る土地の地積を現況と一致させるため、被告人の依頼した打越正恭測量士が考案したものであって、大谷がこれに関与したとは認められないことからすると、大谷及び石崎の供述のとおり被告人が同年二月四日に本件土地の登記済証を持参したと認めるのが相当である。
また、大谷は、原審公判廷において、本件土地上の前記建物を本件土地とともに売却して被告人に対する六〇〇〇万円の債権を回収するため、被告人から本件土地売買の仲介をすることの了解を得て石崎と交渉し、本件土地の売買契約を成立させたものであって、すべての売買条件について被告人の承諾を得ていたと供述し、石崎も、これにそう供述をしているが、これらの供述は先に認定した事実経過に照らして極めて信用性が高い。もっとも、被告人は、大谷が本件土地に関する売買契約の仲介をするのを承諾していたものの、ジャパン・プランニングハウスとの間で進行していた国土法の不勧告通知による坪二九万円の取引価額は低いと大谷に再三不満を漏らしていた。そして、大黒食品の名義で被告人が実質的に所有する本件土地上の建物を素人目には全部取り壊したかのごとく見せかけてその一部を残し、右不勧告通知を受けた直後の平成二年一一月二〇日に右建物について変更一部取り壊しを原因とする表示登記の変更をした上、同月二九日に被告人が経営する横須賀急送株式会社への所有権移転登記をしている。このことからすると、被告人は、国土法による本件土地の売買価格に内心では納得せず、当初から一部残した建物を利用して石崎から本件土地の売買価格の追加代金を請求しようと考えていた節が窺われるが、右の事情を平成三年二月二二日まで石崎に明かさず、前記のとおり売買契約の成立に向けた手続を進行させて代金全額を受領したのであるから、このことが売買契約の効力に影響を及ぼすものではない。
これに対し、被告人は、原審公判廷において、大谷に本件土地の売買の仲介を依頼した事実はなく、平成三年二月二二日以前には本件土地の売買契約は成立していないと主張し、右の日に自分が石崎と直接本件土地の売買に関する交渉をし、本件土地の売買代金は国土法による価額である総額五億四四六二万円とするが、これとは別に本件土地にある横須賀急送名義の建物の売買代金として三八七八万円とその解体料として一六六〇万円を追加して支払ってもらうことで合意し、右建物代金の一部として一八七八万円を受領したが、その後、建物の解体を下請にさせると自分の取り分が六億円を下回ることに気づいたので、再度石崎と交渉して仲介手数料の名目で更に一五〇〇万円を支払ってもらうことで合意し、その内金として三〇〇万円を受領したものであると供述している。しかしながら、売買契約がまだ成立していないのであれば条件に合わないため契約をしないと言えばすむのに、わざわざ本件土地上に自己の建物があると主張してその敷地を差し押さえると言うのは不自然であり、しかも、この発言は本件土地の所有権が相手方にあることを前提としたものであるから、売買契約が成立していないという前提と矛盾している。また、被告人の供述には、一旦合意した後に被告人の要求で一五〇〇万円もの大金を追加して支払わせることになった事情についての合理的な説明を伴っておらず、説得力に欠ける。更に、被告人は、捜査段階及び原審の当初の段階においては、三〇〇万円は石崎と朝倉光兵との交渉の結果決まったものであって、自分はこれを受け取っていないと供述していたのに、原審の途中から前記のとおり供述を変更するに至ったものである。以上によれば、被告人の供述は信用することができない。
そうすると、本件土地の売買契約は、すでに平成三年二月四日成立していたと認めるのが相当であるから、所論は前提を欠いており、排斥を免れない。
2 のみならず、犯罪事実の直接の関係者の供述に照らすと、本件の犯罪事実は明白である。すなわち、石崎は、原審公判廷において、同人の経営するジャパン・プランニングハウスと被告人との間で平成三年二月四日売買契約を結び、本件土地をジャパン・プランニングハウスが取得したのに、原判示の各日時に同社の事務所において、被告人から、本件土地上に被告人の所有する建物が残っており、もし追加の金員の支払に応じなければこれを極道の事務所にして本件土地を押さえてしまうと脅迫され、同年三月一五日に本件土地の追加代金の名目で一八七八万円を支払い、同月二五日にも仲介手数料の名目で三〇〇万円を支払ったと原判示の認定事実にそう供述をしている。
また、ジャパン・プランニングハウスの社員で、右事務所内で被告人と石崎の会話を聞いていた原審証人鯉渕一世は、石崎と同旨の供述をし、同月八日に被告人が話し合いの場に同席させ、共犯者と認定されている暴力団堀政連合の組員である牛木隆博も、検察官に対する供述調書において、被告人が石崎に対して前記のようなことを言うので、自分もこれに加勢する意味で相手を威圧したと供述している。
更に、被告人自身、原審公判廷において、石崎に対し、本件土地上に被告人所有の建物があると主張し、もし自分の要求に応じなければ右建物を事務所にして土地を差し押さえてしまうと言い、結果として石崎から合計二一七八万円を受領したことを認めている。
以上によれば、被告人が石崎に対し原判示の脅迫文言を言って石崎から原判示の日時に合計二一七八万円を受け取ったという本件の犯罪事実は、これを優に認めることができる。
3 なお、所論は、原判決の補足説明には事実誤認があると主張するので検討すると、原判決書三四頁八行目に「株式会社大黒食品」とあるのは「有限会社黒沢食品」の、三五頁九行目に「競落する」とあるのは「任意に買い受ける」の、四六頁一〇行目に「勝田信用金庫」とあるのは「関東銀行勝田支店」の、五一頁一行目に「不動産登記簿謄本」とあるのは「和解調書」の、それぞれ明白な誤りであり、五三頁一〇行目に「それに気づいた私が同女を怒鳴りつけた記憶がある」との記載、及び七一頁最終行に「土地代金手付金として(稲田)と記載され」との記載はそれぞれ削除するのが相当であるが、これらの誤りは判決に影響を及ぼすものではない。
二 原判示第二の事実に関する主張について
論旨は、被告人は、本件土地取引に関する所得税の申告の要否について税理士に相談し、税理士にその時点では申告する必要がないと言われたので、それに従って申告しなかったものであるから、不正な行為により所得税を免れようという認識はなかったのに、認識があったと認定した原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認があり、ひいては法令適用の誤りがあるというのである。
そこで 検討すると、前記のとおり、被告人は、ジャパン・プランニングハウスとの間で本件土地の売買契約を成立させて代金全額を取得し、ついで日立電鉄株式会社との間で原判示の本件余剰地に関する売買契約を成立させて代金を取得したのに、顧問税理士をしていた小野充雄に対し、右事情を秘し、一般論として売却した土地の所有権が裁判で争われていて代金額も確定していない場合には所得税を申告する必要があるのかと質問し、その必要はないという回答を引き出した上、平成四年の申告時に右税理士に右売買に関する資料を渡さないまま所得税確定申告書を作成させて税務署長に提出したものであるから、被告人に虚偽過少申告により所得税を免れようという認識があったことは明らかである。そうすると、事実誤認の論旨は理由がなく、法令適用の誤りの論旨は前提を欠くことになる。
よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、平成七年法律第九一号による改正前の刑法二一条を適用して当審における未決勾留日数中一六〇日を原判示の懲役刑に算入することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 香城敏麿 裁判官 平谷正弘 裁判官 杉山愼治)
控訴理由書(一)
被告人 白戸興五郎
右の者に対する平成九年(う)第一八〇〇号 恐喝・所得税法違反被告事件につき、恐喝被告事件に関する控訴の趣意は左記のとおりである。
平成九年一二月一一日
主任弁護人 古田兼裕
弁護人 安井弘
弁護人 皆川昭
東京高等裁判所第一刑事部 御中
記
第一 はじめに
弁護人らは、本件に関し、まず第一審判決が、<1> 記録を十分に精査することなく、<2> 被告人が組織暴力団員であるという誤った認識のもと予断をもって、<3> 各証拠中、被告人に有利なものと考えられる証拠は一切捨象し、被告人に不利なもののみを採用し、その結果、<4> 弁護人らが弁論に於いて詳細に主張した各供述のつながりや矛盾には一切応えることなく、検察官の論告どおりの判決になってしまったという点を、大きな疑問をもって主張するものである。
第一審判決が、正に記録の精査をなしたうえ、公平に証拠価値を検討された結果下された判決であれば、有罪・無罪のいずれかの選択は、自由心証主義のもと、時には被告人にとって不利となってもやむを得ないこともあろうと考えるところ、原判決は、以下に述べる如く、記録精査、公平なる証拠価値の検討という重要な過程が全く欠落しているのである。原判決の矛盾は正にこの一点に存在するのである。
以下に論ずる。
第二 事実の誤認
原判決には、本件が経済事件であることから、権利行使の正当性との兼ね合いで証拠の引用等に於いて格別に慎重を期さねばならないにも拘わらず、事実認定上極めて重要な証拠の引用につき重大な誤りが存在する。
一 まず、判決文三三頁以下の第三項「石崎供述及び大谷供述の信用性」のうち、2.(一)中の誤りを指摘する。
即ち、原判決は、三四頁八行目以降に於いて、鹿志村から土地を賃貸借し、その後破産者した企業につき、これを大黒食品と認定する。しかしながら、これは弁第二号証及び弁第三号証の登記簿謄本からも、平成八年一月一八日付黒沢延夫の検面調書からも、黒沢食品であることが明白である。
更に、三五頁八行目に於いては、右大黒食品ではなく黒沢食品であることの間違いに加え、大谷が「競落した」と認定するという、二重の間違いをなしている。これは右の各弁号証をみれば明らかであるのみならず、大谷本人も公判廷での供述で「競売というより、任意競売」と述べているものであり、これら書類を精査すればすぐに判明する事項であるにも拘わらずなのである。
ところで、原判決が間違えた「大黒食品」こそ、本件パチンコ屋の元所有者なのである(弁第四号証)。このパチンコ店の存否が本件では大問題となっているのに両者を間違えたうえ、更に登記簿謄本上も競落ではないことが自明のところ競落したと誤認するという混乱ぶりである。正に、記録を精査していないことの証明である。
二 次に、右信用性に係る5.(二)中、五〇頁の最後の行から翌五一頁にかけて、更に重大な間違いが存する。
即ち、原判決によれば、この日被告人が「不動産登記簿謄本など」を示して恐喝したとなっている。しかしながら、右の「登記簿謄本」は「和解調書」の明らかな誤りである。
ところで、この認定の間違いは原判決の信用性を著しく損なうものである。蓋し、右二月二二日は、原判決によれば正に被告人が初めて石崎方を訪れて第一回目の恐喝行為をなしたその日なのである。この際に被告人が持参し、原判決に言うところの「恐喝」の手段に用いたもの、即ち罪体そのものと言っても過言ではないもの、これを取り違えるとは如何なる方法で記録を精査したのであろうか、全くもって司法の信用性に関わる重大な間違いと言える。
三 次に、右5.(三)中、五三頁の牛木の検面調書に係る部分であるが、同頁最終行に「私が同女を怒鳴りつけた記憶がある」とある。しかし、かかる記載は右検面調書のどこを探しても存在しない。
原判決は、後で述べるように、各人の供述を全く精査することなく、ただ単に被告人に不利益となる部分のみを取り出すのであるが、こうした存在しない記載の引用も、かかる作業中、正に被告人の悪意を浮きあがらす為ゆえに筆がすべってしまった所以であろう。中立な判断を要請される裁判所としては、あってはならぬことである。
四 第四には、第四項「被告人の供述とその検討」のうち、2.(一)中に重大なる間違いの存在を指摘する。
即ち原判決は、七一頁に於いて、甲第四一号証の被告人作成の領収証を根拠として、被告人の弁解を否認しているのであるが、この領収証の作成期日は三月二五日なのであり、被告人と大谷との間で日時の違いはあるものの、大谷から被告人に金五〇〇〇万円の小切手が手渡されたときに渡されたものこそ、甲第五六号証の仮領収証なのである。これらは、被告人の供述及び大谷の供述から容易に理解されるものであるのに、右事実さえも読み取れていないのは全くもって言語道断である。
ところで、この「間違い」は単に間違いに留まるものではない。何故ならば、原判決は、甲第四一号証中の被告人作成の文言をもって、被告人が本件取引を納得していた旨の理由づけに使用しているからである。とすると、本来当初手渡された甲第五六号証の仮領収証(これには被告人作成の文言は全く入っていない)では、どのように理由づけるのであろうか。正に、被告人に於いては、この一月一〇日の売買こそが全く無効なものであることを主張するものであり、二月二二日以降の被告人と石崎のやりとりこそが正当な売買契約の為の交渉であると主張しているのであるから、原判決に於ける右事実誤認は極めて重要であると言わざるを得ないのである。
第三 原判決の判断の恣意性もしくは理由不備について
一 石崎、大谷、鯉渕の各証言の信用性について
弁護人らは、既に第一審弁論要旨に於いて詳細に各人の供述に関する問題点を主張した。
特に大谷に於いては、拘留中の被告人に対して本件売買の許可を求めた点につき、野中弁護士の供述とも全く相違することからこれを弾劾し、右三名に於いては、三月一五日の判決によれば金員喝取の日の大谷の行為の矛盾について各々の供述につき弾劾したのであるが、原判決はこれら弁護人らの主張には一切触れることなく、右三名の供述の信用性をそのまま是認しているのである。
また弁護人らは、パチンコ店の残置建物についても打越証言を引用して右三名の供述の信用性を弾劾したのであるが、この点についても原判決では全く答えられていないのである。
二 野中供述について
原判決は、野中供述中、「売買は未だ行われていないと思え」、「売買があったという報告はきいていない」、「安井弁護士を通じて拘留中の白戸に連絡をとってもらったが、売買は不可ということであった」などという、被告人に有利な証言は一切用いることなく、被告人に不利な部分のみを引用する。この引用の方法が恣意的でないとして、何と言い表せばよいのであろうか。
三 打越供述について
原判決は、石崎、鯉渕にとって極めて不利となる打越供述を、六一頁に於いて、<1> 被告人から直接本件土地の測量等の依頼をうけていたから、<2> 被告人が暴力団関係者であることを知っていたから、という理由で排除する。
しかしながら、右<1>については、打越は別件で石崎の依頼も受けていたのであるから全く理由にはならず、<2>については、一月二九日の測量その他の作業に関して格別被告人から圧力を受けていたという事実も存しないのであって、これらをもって打越証言の信用性を否認する理由とするには全く合理性に欠ける。寧ろ、右のよう打越証言の信用性を否定した場合、打越証言をもって恐喝の補強証拠とする原判決五六頁以降の記載は如何に解すればよいのであろうか。
四 各人の供述の信用性について
本来証人の信用性とは、本件の如くの経済事案の場合に於いては、事案に関わらない証人の供述こそが最も信用性が高いものであるべきである。かような観点からすれば、打越証言こそ最も信用性が高く、次に高いのが若干事件に関わった野中証人の証言である筈である。そして、当事者たる他の三名、即ち大谷、石崎、鯉渕証言は相対的に証明力が低く評価されるべきであることは論をまたない。しかも、本件に於いては、弁論で述べた如く、三名の供述は不自然そのものである。これら供述の信用性の客観的高低を全く無視する原判決は、憲法上の適正手続の根幹である「疑わしきは被告人の利益に」をどのように捉えているのであろうか。控訴審に於かれては十分にこの点を審理されたい。
第四 被告人の前歴について
原判決は、被告人を堀政連合内「横須賀一郎」という名札の人物と同一であると認定する。
しかしながら、この名札の人物が被告人と同一であるという証拠は、牛木の公判調書のみである。然るに、原判決は、その判決文に於いて、牛木の公判廷での供述の信用性を一切認めていないのである。とすると、原判決は何にしたがって右事実を認定したのであろうか。正に、ここでも原判決の恣意性が明らかになっているのである。
第五 結論
弁護人らは原判決の各項目に対し詳細な反論も辞さないものであるが、裁判所におかれても自明のとおり、残念ながら原判決は検察官の論告の引き直しに過ぎないものであり、しかも論告にまして事実認定は杜撰なものである。かく原判決に反論を加えるとするのなら、検察官の論告に詳細な反論をなした第一審における弁護人らの弁論と全く同一の内容と化し、屋上屋を架す結果におちいるため、あえて本理由書に於いて反論を逐一述べるということは省略する。
従って弁護人らは、原判決に対する反論を含むという意味をも併せて、第一審における弁護人ら提出の弁論要旨をよくご精査頂き、更に本件記録全体もご精査されたうえで、弁論で述べた弁護人らの有する疑問に対し、控訴審判決に於いて明瞭に答えて頂きたい旨重ねてお願い申し上げるものである。
右のとおり、原判決は重要な事実誤認に加え、全くの理由不備のまま恣意的に証拠を選択して下された判決である。高等裁判所に於かれては、裁判における公平と適正とを失われることなく右控訴理由を十分にご理解き、慎重且つ詳細なるご審議を賜りたいと切に願うものである。
以上
平成九年(う)第一八〇〇号
控訴趣意書(二)
被告人 白戸與五郎
右の者に対する恐喝、所得税法違反被告事件につき、所得税法違反被告事件に関する控訴の趣意は左記のとおりである。
平成九年一二月一一日
主任弁護人 古田兼裕
弁護人 安井弘
弁護人 皆川昭
東京高等裁判所第一刑事部 御中
記
以下のように、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の適用の誤り及び事実誤認があり、破棄されるべきである。
第一 法令の適用の誤り
一 第二・一で後述するように、本件は、被告人が所得税の申告を猶予されていると認識していたケースで、しかもそのように認識していたことには合理的な裏付けもあり、本件は右の点において一般のケースとは異なっている。
二 原判決は、判決書九二ないし九四頁において、被告人の行為は、所得税法二三八条一項にいう「偽りその他不正の行為」に当たるとしている。
しかし、原判決が引用している最判昭和四八年三月二〇日は、単に「所得金額を殊更に過少に記載した内容虚偽の所得税確定申告書を税務署長に提出すること自体・・・偽りその他不正の行為に当たる」としているわけではなく、右最判昭和四八年はそうした行為が「真実の所得を隠蔽し、それが課税対象となることを回避するため」になされることを必要としており、右の文言が単なる枕詞ではないことは明らかである。
三 本件は、被告人が所得税の申告を猶予されていると認識していたケースであるから、「真実の所得を隠蔽し、それが課税対象となることを回避するため」という要件には合致せず、原判決は所得税二三八条一項の解釈・適用を誤っている。
第二 事実誤認
一 原判決は、判決書九三頁において、「被告人が本件土地及び余剰地の売買により、所得があったことを知りながら、あえて、その関係の資料を税務申告を依頼している税理士に渡すことなく、殊更に右の所得を除外した確定申告書を作成させ、その内容を自ら確認したうえ、税理士をして所轄税務署長に提出させている。」としている。
しかしながら、本件において、被告人が所得税の確定申告時期以前に本件土地取引について小野税理士に相談していることは疑う余地がない。その際、同税理士が「金額が決まらなければ、決まってからでいいんじゃないの。」等と答えたからこそ、被告人は本件は申告が猶予されるケースなんだなと考えたのであり、かつ、同税理士から詳しい資料を求められなかったのでそうしなかったまでのことと解するのが自然であり、原判決が「……あえて、その関係の資料を……税理士に渡すことなく、殊更に……作成させ……」としているのは極めて強引な誤った認定である。
二 原判決は、判決書九三及び九四頁において、被告人は、税務署からの平成三年度の譲渡所得の問い合わせに対して、はがきで、係争中のため、解決次第申告します旨を記載して返信しているところ、右係争中の訴訟は、本件土地売買の効力になんら影響を及ぼすものでないことが明らかであり、「被告人もこの点を明確に認識していたものと推認される……」としている。
しかし、当時、被告人は特に法律や税務に関する知識があったわけではないこと、被告人がジャパン・プランニングハウスに対して提起した訴訟は、実質的には本件土地代金の支払を請求する訴訟であり、少なくとも被告人は当時そのように認識していたこと(所得税法違反被告事件に関する弁論要旨一六ないし一八頁)などからすれば、原判決の右推認は社会通念、経験則に反する不合理なものである。
右のとおり、原判決は、被告人の認識に関する誤った推認をした結果、確定申告前、被告人がはがきを税務署に提出した行為を正しく評価できず、「被告人がこのようなはがきを税務署に提出したこと自体、本件土地取引代金の申告を回避することに主眼あった」(判決書九四頁)との事実誤認をしている。
三 原判決は、判決書九六及び九七頁において、被告人らを原告とする訴訟は、いずれも本件土地及び本件余剰地の売買契約の成否を争うものではなく、本件土地売買の有効を前提として、本件土地上の建物解体手数料などを請求する内容となっているとし、民事訴訟の係属をもって、本件土地及び本件余剰地の売買による譲渡所得が確定していないとの主張はその前提を欠くと断定している。
確かに訴訟上の法律構成はそうなっているが、被告人の認識としては、建物解体手数料などは土地代金の名目的な割り振りの問題であり、原判決は、それらが実質的には土地代金の一部であることを等閉視している(なお、被告人が本件土地と本件余剰地を一体として把握していたことについては、所得税法違反被告事件に関する弁論要旨二一頁及び二二頁において述べている)。
四 原判決は、判決書一〇〇頁において、被告人が自ら主体的に税務申告の要否についての判断をし、「具体的な指示を同税理士(小野税理士)に行っていたもの推察される。」としている。
しかしながら、記録を精査しても被告人が小野税理士に具体的な指示を行っていたとする証拠は存在しない。税務に素人の被告人が顧問の税理士に対し具体的な指示などできうるはずがないのは自明のことである。原判決は、小野税理士の公判における証言を無視し、「……被告人の言うとおりに処理していた。」とする同税理士の捜査段階の供述を極めて安易に信用した結果、証拠に基づかず、被告人に対し、一方的に不利益な推認をしている。
五 原判決は、判決書一〇〇頁において、納税のために定期預金していたとの被告人の弁解は信用できない、としている。
しかし、被告人が定期預金に入れた額は、一億五〇〇〇万円であり、ほぼ税額に見合っており、原判決は右の点を見落としている。
第三 総括
本件は、一般のケースとは異なり、被告人が所得税の申告を猶予されていると認識していたケースである。税務に関し格別の知識を有しない一般人の感覚からすると、本件のようなケースに所得税法二三八条一項を適用するのは到底容認できない。にもかかわらず、原判決は、故意(過少性の認識)ある過少申告行為の全てにつき同条項の適用があるが如き前提に立って本件に同条項を適用している点で法令の適用の誤り、事実誤認があり、その誤りは明らかに判決に影響を及ぼす。
以上
控訴趣意書(三)
被告人 白戸與五郎
右の者に対する平成九年(う)第一八〇〇号 恐喝・所得税法違反被告事件につき、恐喝被告事件に関する控訴の趣意につき次のとおり補充をなす。
平成九年一二月一五日
主任弁護人 古田兼裕
弁護人 安井弘
弁護人 皆川昭
東京高等裁判所第一刑事部 御中
記
第一 原判決の事実認定の誤り
右の点については、控訴趣意書(一)において既述したが、更に以下の点につき原判決の事実誤認につき論述する。
一 判決文三三頁以下の第三項「石崎供述及び大谷供述の信用性」のうち、5.(五)(四六頁以下)の誤りについて
原判決は、小沢の供述につき、小沢が被告人白戸に融資をするにつき「勝田信用金庫」から借用して貸したところ、この勝田信用金庫から競売を求められた旨を認定し、更にこのことをもって被告人が小沢から借金返済を強く求められていたこと、それゆえ二月四日以前に売買の交渉をしていたことを裏付ける。
しかしながら、検甲第一〇九号証の小沢供述によれば、借用したのは関東銀行勝田支店であり、右勝田信用金庫にかかる借入は、別途松山某に用立てたものなのである。右の点からすれば、被告人のための借用が競売の原因となっていることはなく、右の原判決の推論は誤った事実認定による暴論である。そもそも、右検甲第一〇九号証は、これを熟読するまでもなく二個の金融機関の違いは判明するものであるところ、これすら怠っている原判決の杜撰さは明白である。
二 判決文六二頁以下の第四項「被告人の供述とその検討」のうち、2.(六)の八二頁の五行目「牛木が前記のとおり怒号するなどの言動に及んでいるのに、被告人においてこの点をとがめる等の行動には出ていない。」と認定し、被告人の悪性を証明する。
しかしながら、牛木が怒号を発していないのは、控訴趣意書(一)でも明らかであるところ、右の原判決の判断は誤った事実に基づき更に判断を下すものであり、全くもって不当である。
第二 横須賀一郎と被告人の関係について
既に弁護人らは、控訴趣意書(一)において、右両名が同一人物であると認定するのは間違いである旨述べたが、それは弁第六二号証(これは横須賀一郎の名刺であるところ、原審では関連性なしとして取り調べを却下された。)によれば明らかに両名は別人なのである。
原審は、検甲第七一号証を引用しつつ、弁護人らにおいて両名が別人である旨証明すべく提出した弁第六二号証の名刺(これによれば、横須賀一郎の自宅住所が裏面に記載されており、被告人と全く別人であることが証明し得る。)の取り調べをなさず、両者を同一人であると認定するのである。正に悪意に満ちた差別的判決そのものである。
弁護人らは右名刺の再度の取り調べを要求するものである。
第三 弁護人らの主張
本件は、一月一〇日の極めて異常な取引に端を発した被告人の正当な権利行使を恐喝として認定した、極めて作為に満ちた判決である。原判決は、本件土地取引そのものを何故大谷が野中弁護士にも秘密にして、しかも極めて異常なかたちで石崎及び大谷の言う残金決済をせねばならなかったのかの解明を全て放棄するものである。
高等裁判所におかれては、是非これらを全て解明した弁護人提出の弁論を熟読されるべく、再度要請いたすものである。
以上